好きな人の顔を思い出せないということ

 今日も好きな人の顔を忘れてしまう。知らない間に忘れていく。

 高校生の頃、先生の顔を見てから、必死にその顔を、表情を、家に着くまで頭の中で繰り返しながら下校したことがあった。結果は、学校を出てから30分程で思い出せなくなっていた。

 嫌だねえ、写真では思い出せる。しかしその写真のペラペラとした瞬間のみだ。脳内はどうなっているんだろうね。解明するのにどこから手をつけて良いものかわからない。写真は可。声も思い出せる。好きな人とはlikeではなくloveの方。

 「好きな人 顔 忘れる」で検索すると、私以外にもそういった人がいることがわかるだろう。思い出せる共通点(声と写真での姿は思い出せる)も一致している。日本はもちろんのこと、アメリカの論文まであさってみたが、心理学と脳科学的には未だ解明されていない現象だ。心の中で図形を思い出して回転させて、回転にかかった時間を計るといった研究は存在する。所謂Mental rotationというものだ。

 また、認知心理学でいうところの「記憶」というものの定義は、思い出す時に3つの段階をたどるものだ。その3つの段階は、①記銘②保持③想起。この3段階が行われて初めて記憶という。簡単に言えば、①目や耳などで脳が情報を受け取り②その情報を頭の中に維持し③必要な時に思い出す、という段階を踏んでいなければならない。したがってこの現象は、②の保持が出来ていないため、「記憶できていない」ということになる。つまり、③の想起の段階ですらなく、②の保持から躓いてしまっているのだ。

 脳科学の方からこの問題について考えてみる。自分の好きな人の顔を、初めて認識したら、その胸の高鳴りは相当なものだろう。脳は、好きな人の顔を常に新鮮で新しいものとして捉えたいのか。好きな人を認識した瞬間というものを、毎回求めているのかもしれない。人は、自分がまだ経験していないものや、自分の持っていないもの、つまり「新しいもの」に興味が湧くものだ。感覚的にそうだと言えるだろう。脳科学的にもそれは正しい。脳の「黒質/腹側被蓋野(SN/VTA)」という部位は、新しい情報を処理する中枢部となり、新しい刺激に反応する。そしてその部位は、記憶に関して重要な役目を担っている「海馬」や「扁桃体」に結びついている。この「SN/VTA」は、全く新しい刺激を与えられた時にのみ活性化する。

 また研究によると、中枢神経系に存在する神経伝達物質であるドーパミンは、それ自体が報酬になっているのではなく、報酬を探し出すための意欲に関係している。即ち、新しいものを認識すると、ドーパミンが放出され、報酬を探したくなるというわけである。

 見たことのない人の顔を、見てないうちから好きになることはありえない。しかし、そう仮定し考えてみると、説明できない現象が頭の中で起こっているといえる。上手く言えないが……好きな人をAさんとすると、要するに、「Aさんを好き(love)である状態」の脳内が備わってから、「Aさんを好きになる」という不思議な現象が起こってしまう。「Aさんを好き(love)である状態」とはどういうことかを詳しく述べると、好きになる以前の脳とは異なり、好きな人を見ると、ドーパミンを多く含む脳の報酬系尾状核腹側被蓋野にあるニューロンが変化する状態の脳のことである。

 「その状態の脳のまま、SN/VTAの活性化のために、保持を行わないのである!」と結論を出したら少々いきすぎか。それか、Aha experienceのように、交感神経の作用による瞳孔が開いた状態を求めているのかもしれない。しかしAha experienceは「未知のものの認識」でなくては起こらないとされている。

 

 あー、全くこの現象の仕組みはよくわからない。結論は今のところ、世界的に見て出ていない。拗ねちゃうぞ。しかしこのおかげで、私は今日も新鮮な気持ちであなたの顔を見ることができるのだ。