自閉症スペクトラム障害(ASD)について私なりに思ったこと

フィルターのズレ

 私は、自閉症スペクトラム障害(以下ASD)の「こだわりが強い」と判断されていることは、通すフィルターのズレにあるのだと考える。

 

 人間は誰しもが、物事を捉える際には自分のフィルターを通して意思決定を行う。成長していくにつれ、そのフィルターは変化していき、幼少期に生じたものとは異なっていく。

 幼少期の発達過程では、外界を自分だけの世界と認識している。それは成長していくに従い、自分の力じゃどうにもならないことがあるといった様々な場面を経験することで、世界は自分のものではないと理解し、その認識を改める。

 それによって、自分が置かれている状態や環境の判断を下すのに必要なフィルターが増えていく。

 したがって、その過程で、様々な場面で態度を切り替えたり、人の性格の違いや立場の違いを認識し、置かれている自分の立場をその場に適用し、行動することが可能になる。その段階を踏まえることで、アイデンティティーをもった独自のフィルターが生まれる。

 しかしASDの人は、環境とのすり合わせが上手くいかず、認識を改めることなく、幼少期に生まれたままのフィルターを主としてしまう。そのため、自分と自分をとりまく環境の区別があやふやなまま成長する。

 結果として、世間一般と違うところに焦点を当ててしまうために、「こだわりが強い」と思われるのではないかと考える。この考えが正しければ、ASDの「空気が読めない」ということも説明がつくだろう。

本来の発達のまとめ

  1. 幼少期「世界は自分のもの」。自分と他者の区別がつかない。
  2. 様々な経験を通し「世界は自分のものではない」と理解する。自分と他者は違うと理解する。
  3. 2の経験を踏まえ、アイデンティティーの確立に伴い、独自のフィルターが生まれる。

ASDの発達のまとめ

  1. 幼少期「世界は自分のもの」。自分と他者の区別がつかない。
  2. そのままのフィルターで物事を判断する。

 

注意

私なりの解釈でのASDについての見解です。したがって確証はないため、ASDがそういった発達を遂げているものと断言できるものではありません。